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橋梁・ダム・トンネル

2017年8月17日 (木)

君ヶ野ダム、青山高原ウインドファーム

2017_08_17_001 お盆休み、実家に帰省しているのを利用して、ダム巡りと風力発電所巡りに行ってきました。向かった先は、雲出川水系八手俣川の“君ヶ野ダム”“青山高原ウィンドファーム”です。

 君ヶ野ダムは、1964年着手、1971年竣工の重力式コンクリートダムです。非常用洪水吐にクレストゲート2門、常用洪水吐にコンジットゲート2門の他、日々の放流用として、大小2門のホロージェットバルブを備えます。大きい方は、堤体中央に鎮座し、豪快に放水していました。

2017_08_17_002 高圧ラジアルゲートのコンジットゲートは、堤体内蔵式ではなく外付け式に近いです。ゲート駆動部を囲うように、操作室が作られています。堤体から張り出した操作室って、ありそうであまりありませんよね(行ったことがあるのは、富田川水系富田川の川上ダムと錦川水系生見川の生見川ダムくらいです)。

 特段に年式の古いダムというわけではありませんが、堤体下流面は上部の方が苔むしていました。非常に年季の入った印象になり、趣深くていい感じです。

2017_08_17_003 青山高原ウインドファームを訪れるのは、2012年以来5年ぶりです。この5年の間に、風力発電機が20基15MWから60基80MWへと増強されていました。ただ、半分くらいはプロペラが回ってしませんでした(ブレードをフルフェザーにしていたので、意図的に停止状態)。実のところ、設備稼働率はどれくらいなのでしょうね?

 標高700~800mの高原というだけあって、下界に比べて5℃くらい気温が低いですが、雲が流れ込んでくるため、視界はあまりよくありませんでした。風車本体が、白色に塗装されているので、こういう気象条件だと、すぐ近くにあっても見えないのですよね…。

2017年8月14日 (月)

猿谷ダム、旭ダム、風屋ダム、二津野ダム、七色ダム、池原ダム

 お盆休み、実家に帰省しているのを利用して、ダム巡りに行ってきました。新宮川水系熊野川の“猿谷ダム”、新宮川水系旭川の“旭ダム”、新宮川水系十津川の“風屋ダム”“二津野ダム”、新宮川水系十津川の“七色ダム”、新宮川水系北山川“池原ダム”です。

2017_08_14_001 猿谷ダムは、1950年着手、1957年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐に、クレストゲート4門の他、河川維持放流に使われている放流管が1門を備えます。

 国土交通省直轄のダムとしては、全国で2例しかない利水専用ダムという極めて珍しい存在です。そして、発電専用ダムが居並ぶ新宮川水系において、唯一の多目的ダムです。まぁ、多目的といっても、発電と不特定利水だけで、洪水調整機能はないのですけれどね…。この不特定利水、吉野川分水の取水で減少した紀ノ川水系紀ノ川吉野川水系吉野川の水量を補填するために使われています。小学生のころ、不足分を他所から簒奪してくるのは習いましたが、ここだったとは…。

2017_08_14_002 旭ダムは、1971年着手、1978年竣工のドーム型アーチ式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート3門、低位放流管2門の他、排砂バイパストンネルを堤体とは別に備えます。上部の瀬戸ダムと揚水発電を行っています。着手年、竣工念が同じですので、当初より揚水発電を視野に入れていたものと思います。

 管理所などでダムカードはもらえますが、天端への立ち入りはできません。また、急峻な山間に作られたダムなので、堤体を正面から見ることもできません。ウィングのない三次曲面の綺麗な堤体は、個人的にポイント高しです。

2017_08_14_003 風屋ダムは、1954年着手、1960年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート4門の他、河川維持放流に使われている放流管が1門を備えます。

 クレストゲートのゲートピアは、ゲートの構造に係わらず鉄筋コンクリート製とするのが一般的ですが、ここは珍しい鉄骨構造です(有名どころとして、高知県は吉野川水系吉野川の早明浦ダムがあります)。天馬から高く組み上げられたトラスフレームは、なかなかに魅力的です。

2017_08_14_004 二津野ダムは、1959年着手、1962年竣工の同心円型アーチ式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート6門を備えます。右岸側の1門は、河川維持放流用に、子ゲート内蔵型ローラーゲートとなっています。電源開発が手掛けた初めての越流型アーチ式ダムですが、関西電力が手掛けた同じアーチ式の旭ダムに比べて、堤体のオーバーハングは控えめです。

 1年5ヵ月前、Twitterのフォロワーさんの全天球カメラが、志半ばで減勢工に散ってしまう悲劇がありました。今回は、追悼のための聖地巡礼です。

2017_08_14_005 七色ダムは、1965年竣工の重力式アーチダムです。余水吐に、土地名に肖ったのかは知りませんが、7門のクレストゲートを備えます。池原ダムと揚水発電を行っており、池原ダムが上池、七色ダムが下池にあたります。200.8mと少し短めの堤長に対して、ほぼいっぱいにゲートが設けられているため、正面から見ると、非常に迫力があります。

 全国に12基しかない重力式アーチダムですが、訪れるのは、これで4基目です。左右対称の停滞が多いので、個人的には好みなのですが、残りは遠方なので難しそうです。

2017_08_14_006 池原ダムは、1962年着手、1964年竣工のドーム型アーチ式コンクリートダムです。余水吐に、クレストゲート4門の他、表面と中層の選択取水設備を備えます。ただ、池原ダムそのものは、非越流堤体のため、ダム本体に放流設備や取水設備の類は、全くありません。

 堤長460mは、アーチ式としては黒部ダムに次ぐ国内第2位を誇ります。湛水面積843ha、総貯水容量3億3840万m3は、アーチ式として国内第1位を誇ります。堤高も国内第12位の110mの立派なものです。全く飾りっ気のない堤体は、下から見上げると、まさに壁です。

2017_08_14_007 さて、肝心の放流・取水設備がどこにあるかといいますと、池原ダムの反対側に設けられています(天端からお互いに見えます)。正面から見ると、ダムのようにしか見えませんが、昔の航空写真を見る限り、元々は峰だったところに、導流部のみが設けられているように思われます。

 堤体下は、下北山スポーツ公園として整備されており、スポーツの他、キャンプやバーベキューを楽しむことができます。ダムができる前の北山川は、この公園の敷地内を流れていました。

 1日に巡った基数としては、過去最多タイの6基ですが、何れもダムカードを配布しているということで、少し時間に追われながらのダム巡りとなってしまいました。このあたりの国道は、狭隘区間があったり、土砂災害に巻き込まれてきれいに新しく整備されていてカーナビと違っていたりと、ダム間の移動も少し大変でした。

2017年7月22日 (土)

温井ダム、小瀬川ダム、弥栄ダム

2017_07_22_001 先日、中国地方から関東甲信越地方までの梅雨明けが発表された中、ダム巡りに行ってきました。梅雨の次は、台風と渇水、ダムの真価が問われる季節が続きます。向かった先は、田川水系滝山川の“温井ダム”、小瀬川水系の“弥栄ダム”“小瀬川ダム”です。

 温井ダムは、1974年着工、2001年竣工のドーム型アーチ式コンクリートダムです。非常用洪水吐にクレストゲート5門、常用洪水吐にコンジットゲート4門、中位標高放流設備にホロージェットバルブ2門他、堤体とは別に選択取水設備が設けられています。

2017_07_22_002 訪れるのは、2年1ヵ月ぶり3度目です。過去2回は、何れも常時満水位から夏季制限水位への水位低下放流の時期でしたが、今回は何でもない日の訪問です。今年は、竣工15周年ということで、記念ダムカードが昨日から先着1,500枚の限定配布されています。

 156mを誇る堤高は、アーチ式としては、堤高186mの黒部ダム次ぐ日本第2位です。ウィングのないほぼ左右対称の堤体は、“日本最後のアーチ式ダム”に相応しい美しさです。唯一、計画としては存在しているものの、川辺川ダムの建設が着手される見込みはありません。

2017_07_22_003 小瀬川ダムは、1958年に着工、1964年に竣工の重力式コンクリートダムです。訪れるのは、1年2ヵ月ぶり4度目です。残念ながら、クレストゲートからの放流はしていませんでした。まぁ、ハウエルバンガーバルブからの方水位に至っては、1度もお目にかかったことはありませんが…。

 洪水調整容量確保のためか、渇水のためかは分かりませんが、常時満水位よりも水位がかなり下がっていました。それでも、堤体に比して巨大なクレストのラジアルゲートの全貌を望むことはできません。ゲート操作のワイヤー取付金具までは見えているので、あと少しだとは思います。

2017_07_22_004 弥栄ダムは、1971年に着工、1990年に竣工の重力式コンクリートダムです。訪れるのは、2年1ヵ月ぶり3度目です。重力式コンクリートダムとしては総貯水容量を含めて中国地方では最大のダムです。

 緩やかな曲線を描いた540mの堤長は、日本第5位を誇ります。ダム巡りをするときは、歩いて天端を往復するということに決めているのですが、この暑さの中でこの距離を歩くというのは、少し無謀でしたね。基本的に、コンクリートの塊なので、この時期の天端は焼けるように熱いのですよね…。

 ちなみに、監査廊といった堤体内部は、年間を通して20℃前後で安定しています。この時季に立ち入ると、二度と外に出たくないくらいに快適なのですよね。もう、ここで暮らす!

2017年6月24日 (土)

海峡ゆめタワー、関門国道トンネル、厚東川ダム

2017_06_24_001 山口旅行の2日目です。天候に恵まれた1日目とは打って変わって、1日を通して雨模様と相成りました。2日目に向かった先は、“海峡ゆめタワー”“関門国道トンネル”、厚東川水系厚東川の“厚東川ダム”です。

 海峡ゆめタワーは、高さ153m、展望室の高さも関門橋の主塔高さ141mを凌ぐ143mを誇り、西日本では最も高い自立型タワーです。ちなみに、超高層ビルも含めると、梅田スカイビルとかあべのハルカスの方が高いです…。

 生憎の天気でしたが、下関・門司の街並みを一望することができます。天気が良ければ、遠くは角島まで見えるそうなので、天気のいい日に行ってみたいところです。

2017_06_24_002 関門国道トンネルは、1958年開通の海底トンネルで、下関と門司を結ぶ4つの関門連絡ルートとしては、1942年開通の関門鉄道トンネルに次ぐ歴史を誇ります。試掘導坑の掘削は、戦前の1939年に始まっていますが、太平洋戦争等の影響もあり、開通は鉄道トンネルからは、大きく遅れてしまいました。

 国道2号線の有料トンネルですが、真円断面の上部3分の2を車道とし、下部3分の1が人道になっています。そのため、下関と門司の間を歩いて関門海峡を潜って、行き来することができます。距離にして、約780mと適度な距離があり、雨・日焼け対策が不要なジョギング・ウォーキングコースとして、重宝されているようです。

 山口県と福岡県との県境には、白線が引かれており、観光客が記念撮影を行っていました。トンネル内で最も深い部分は、県境から福岡県側に少し行ったところだと思います。そこそこの高低差があって、端から端までは見通すことはできません。

2017_06_24_003 そんなこんなで、人道トンネルを歩いて、2012年11月以来、4年7ヵ月ぶりに門司まで行ってきました。まぁ、行と帰りに、県境で撮った写真の撮影時刻を確認すると、越境時刻基準ですら滞在時間は僅かに30分あまりでしたが…。下関側で小康状態だった雨が、門司に着いて少ししてから激しく降り始めたので、撤退せざるを得ませんでした。

 下関は、他にも観光スポットがあるので、機会を見つけて再訪したいと思います。できれば、関門連絡ルートをいくつか絡めてみたいところです。

2017_06_24_004 厚東川ダムは、1940年着手、1948年竣工の重力式コンクリートダムです。訪れるのは、2015年10月以来、1年8ヶ月ぶり3度目です。すぐ隣の宇部丸山ダムの発電所カードとダムカードを集めるついでに立ち寄りました(ちなみに、3回訪れて、2回も雨に降られていたりします)

 今回の山口旅行で、山口企業局が配布している発電所カードを全部で12ヶ所、合計51,652kWを集めることができました。2016年11月から7ヶ月と、思いの外に短期間で集めることができました。路面の凍結・積雪の懸念からダム巡りを控える冬を挟んだことを踏まえると、12ヶ所中11ヶ所が平日のみの配布ですから、かなり上出来かと思います。

2017年6月23日 (金)

木屋川ダム、湯の原ダム、角島大橋、角島灯台、大坊ダム、元乃隅稲成神社、千畳敷、火の山公園

2017_06_23_001 1年で最も日が長い夏至を過ぎた中、泊りがけの山口旅行に行ってきました。1日目に向かった先は、木屋川水系木屋川の“木屋川ダム”“湯の原ダム”“角島大橋”“角島灯台”、掛渕川水系大坊川の“大坊ダム”“元乃隅稲成神社”“千畳敷”“火の山公園”です。

 木屋川ダムは、1940年着手、1955年竣工の重力式コンクリートダムです。訪れるのは、2015年10月以来、1年8ヶ月ぶり2度目です。今回は、発電所カードを集めるため、堤体下の木屋川発電所まで行きました。堤高を10m嵩上げする再開発事業が進行中ですが、趣あるその堤体は健在でした。本格的に工事が始まったら、見学に行きたいところです。

2017_06_23_002 湯の原ダムは、1972年着手、1990年竣工の重力式コンクリートダムです。訪れるの2013年の11月以来、3年7か月ぶり2度目です。

 木屋川ダムの約13km下流に位置し、工業用水等の取水の他、水力発電に伴う放流の逆調整池としても機能しています。18.5mと堤高の低いダムですが、平野部に位置しているだけあって、堤高に対する湛水面積は、意外と広いように思えます。

 木屋川流域は、ゲンジボタルの生息地になっているそうなのですが、お世辞にもダム湖の水は、綺麗とは思えません。上流の木屋川ダムに、曝気式循環装置等の水質改善が行われていない影響が大きいのでしょう。

2017_06_23_003 角島大橋は、2015年10月以来、1年8ヶ月ぶり4度目です。2012年4月の初訪問以来、2013年11月、2015年10月と、ほぼ2年に1回のペースで訪れています。あの絶景を撮りたくて、リベンジすること三回目、まさに三度目の正直といったところです。

 日の高い夏場、人の少ない平日の昼間にお立ち台で撮影ということで、今日という機会を逃すわけにはいきませんでした。この1週間は、毎日、ころころと変わる天気予報に、一喜一憂していました。幸いなことに、快晴とまではいきませんでしたが、良い天気になりました。おかげで、満足のいく撮影ができました。

2017_06_23_004 この時のために購入した、円偏光フィルターの効果をいかんなく発揮することができました。むしろ、ここで使わなければ、どこで使えばいいのか教えてほしいくらいです。流石に、撮ってそのままでは、あの絶景とまではいきませんが、Photoshopあたりの画像レタッチソフトで加工すると、まさにあの絶景です。

 先日、Twitterのフォロワーさんが、角島大橋の下にある海岸にてドールの撮影をされていました。いつの日か、ミクさんを連れて、一緒に撮影してみたいですね。近くのホテルには、プライベートビーチがあったりするのですが、2人以上の宿泊プランしかないのですよね…。

2017_06_23_005 角島灯台は、いつも角島大橋とセットで訪れているので、こちらも4度目です。この角島灯台は、“日本の灯台の父”と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンが、日本で手掛けた最後の灯台です。灯台ですから、次に訪れるときは、日本でも5箇所しかない特大のフレネルレンズが、眩い光を放っているときに行ってみたいですね。

 角島灯台公園は、ちょっとした洋風庭園みたいになっているので、そちらもドールの撮影におあつらえ向きだと思います。芝生の状態が、あまり良くなかったのが気になるところです。

2017_06_23_007 元乃隅稲成神社は、龍宮の潮吹きから100m以上に渡って続く奉納された123基の朱色の鳥居、大鳥居の中央上部に設置された入れにくい賽銭箱で、お馴染みです。穏やかな天気だったこともあり、龍宮の潮吹きは見られませんでした。

 テレビで取り上げられ、口コミがインターネットで広がったからか、平日にも関わらず、多くの観光客が訪れていました(定年を迎えて暇そうな年寄りばかりですが…)。おかげで、繁盛しているのか、別の場所に新しい大鳥居が作られ、賽銭箱もそちらに移されていました。旧大鳥居も新しくなっていましたし、新たな社務所らしきものも建設中でした。

2017_06_23_006 大坊ダムは、1969年着手、1973年竣工の重力式コンクリートダムです。常用洪水吐にコンジットゲート1門、非常用洪水吐にクレストゲート2門の他、選択取水設備を備えます。コンジットゲートが、堤体内には収まりきっておらず、機械室が堤体外に露出しているのは、この年代のダムの特徴ですね。

 6月ということもあって、梅雨・台風に備えて、洪水調整能力が付与されているダム、何処も洪水調整容量を確保するために、水位を下げています。大坊ダムも例外ではなく、選択取水設備の最上段取水口が水面の上に露出していました。

2017_06_23_008 千畳敷は、標高333mの高台に広がる約2.64haの草原です。すぐ北側には、日本海が迫り、高台からの絶景を堪能することができます(天気が晴れから曇りになってしまったので、そこまでの絶景は望めず…)。普段から強風が吹いているため、数基の風力発電用の風車が設置されています。

 駐車場の近くに、小さな喫茶店があって、おいしいワッフルを堪能することができます。Twitterのフォロワーさんに教えてもらった場所ですが、行ってよかったと思います。

2017_06_23_009 火の山公園は、火の山の山頂に設けられた公園です。山の名前は、かつては狼煙台が設けられていたことに由来し、明治以降は、多数のカノン砲が供えられた要塞として、重要な軍事拠点でした。

 現在は、カノン砲の遺構が残る公園として整備され、門司・下関、そして関門海峡を一望することができます。回転展望レストランがあったりするのですが、リニューアル工事中です(関門橋の下関側主塔が、建物に隠れてしまうのですよね…)。関門橋は、年間を通してライトアップされているので、開通時は日本のみならず、東洋最長を誇った優美な姿を門司の夜景を背景に望むことができます。

2017年5月 6日 (土)

一庫ダム、千苅ダム

2017_05_06_001 ゴールデンウィーク、実家に帰省したUターンの途次、ダム巡りをしてきました。向かった先は、淀川水系一庫大路次川の“一庫ダム”と武庫川水系羽束川“千刈ダム”です。自宅からも実家からも距離があるため、いつも通過するだけの兵庫県では初めてのダムです。

 一庫ダムは、1960年着手、1983年竣工の重力式コンクリートダムです。常用洪水吐にコンジットゲート2門、非常用洪水吐にクレストゲート2門の他、選択取水設備を備えます。5月ということもあって、天端中央付近から左岸・右岸へ向けて張られたロープに、鯉のぼりが棚引いていました。

2017_05_06_002 選択取水設備からの放水は、導流部に対して左右対称に構えられた2門のジェットフローゲートから行われます。この左右からの放水を空中で衝突されることで、勢いを殺すという、珍しい放水です。洪水吐きも含めて、ここまで左右対称に造られているダムもなかなかないように思えます。

 都市近郊のダムということもあり、ダム湖周辺は広い範囲が公園として整備されています。残念ながら、折からの雨で、あまりじっくりと写真を撮って見て回ることができませんでした。

2017_05_06_003 千刈ダムは、1914年着手、1919年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐に、17門ものクレストゲートを備え、設けられたスライドゲートは現存する物では日本最古だそうです。流石に、昇降駆動装置は更新されていますが、恐らく当時の昇降用と思われる滑車が堤体に残されていました。

 また、堤体とは別に放水堰堤(側水路式の自由越流堤)を備えます。トンネル吐口以外は、人目に殆ど触れることはありません。堤体に近づくことができるのは、右岸のみで天端は立ち入り禁止です。また、堤体より上流側に至っては、土砂崩れのために立ち入り禁止となっていました…。

2017_05_06_004 大正初期に造られたダムということで、石張りの美しい堤体です。クレストゲートからの放流時は、白く波立った水に覆われて、幻想的な光景となることでしょう。水道水の水源地ですので、年間を通じて水位は高めでしょうから、まとまった雨が降った後であれば、可能性は十分にあるのではないでしょうか。

 今後も実家への帰省・Uターンを利用して、兵庫県のダム巡りをしていきたいと思います。ちなみに、兵庫県は、群馬県や新潟県と並んで、日本で2番目に多い26基のダムにてダムカードが配布されています(1番多いのは、北海道の35基)。一庫ダムを除いて、土・日・祝日や年末年始には、配布していないのですけれどね…。

2017年5月 4日 (木)

高野龍神スカイライン、龍神街道、七川ダム、樫野崎灯台、潮岬灯台

2017_05_04_001 ゴールデンウィーク、実家に帰省しているのを利用して、ダム巡り・灯台巡りに行ってきました。向かった先は、“高野龍神スカイライン”“龍神街道”“七川ダム”“樫野崎灯台”“潮岬灯台”です。

 高野龍神スカイラインと龍神街道は、一昨年のゴールデンウイークと逆方向に走りました。高いところでは、標高が1,000mを超えるところもあり、桜の木が、まだ花をつけていました。良い天気にも恵まれたこともあり、非常に気持ちのいいドライブができました。途中に、2ヶ所ある道の駅は、どちらも駐車場がいっぱいで、入ることができませんでした。中高年のリターンライダー多過ぎです。

2017_05_04_002 古座川水系古座川の七川ダムは、1951年着手、1956年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲートを2門備えます。ダムカードには、他にコンジットゲートが1門の記載はありますが、年代的には放流管とするのが妥当だと思います。残念ながら、天端には立ち入ることはできませんでした。

 上流からの立木を堰き止める網場には、これまでに見たこともない大量の立木が溜まっていました。航空写真を見ると、集水区域内に土砂崩れを起こしたような跡がありました。

2017_05_04_003 樫野崎灯台は、1870年に初点灯した日本初の石造灯台です。もちろん設計は、“日本の灯台の父”と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンです。

 この樫野崎灯台の目と鼻の先で、1890年に日本の海難史に残るエルトゥールル号遭難事件が起こりました。乗組員659名中、生存者は僅かに69名という痛ましい遭難事件でしたが、遭難の報を受けた大島村(現在の串本町)の住民総出による救難活動は、その後の日本とトルコの有効に大きく寄与する結果となりました。隣接の“トルコ記念館”に資料など、いろいろと展示されています。

2017_05_04_004 潮岬灯台は、1878年に初点灯の石造灯台で、日本の灯台50選にも選ばれています。設計は、リチャード・ヘンリー・ブラントンですが、当初は八角形の木造灯台だったようです。

 残念ながら、潮岬灯台は見学時間に間に合わず、敷地の外から眺めるだけになってしまいました(ルート選定に問題があったので、時間切れに…)。樫野崎灯台では、大時化で写真も殆ど撮れませんでした(さしていた傘は、途中で壊れたので、走って待避…)。そんなこんなで、いろいろと消化不良なドライブになってしまいました。

2017年4月15日 (土)

本庄水源地堰堤、三永貯水池堰堤、二級ダム

2017_04_15_001 例年よりも遅咲きだった桜が舞い散る中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、二河川水系二河川の“本庄水源地堰堤”と黒瀬川水系三永川の“三永貯水池堰堤”、黒瀬川水系黒瀬川の“二級ダム”です。

 本庄水源地堰堤と三永水源地堰堤は、二週間ぶりの訪問です。前回は、桜が全く咲いていませんでしたが、今回は既に散り始めてしまっていました。桜の季節というのは、斯くも儚くて短いものなのかと思い知らされましたね。来年は、満開の時期に訪れたいものです。

2017_04_15_002 ダムに行ったものの、ダムよりも残った散る前の桜ばかりを撮っていました。つい先日、行ったばかりですし、撮れるスポットが限られていますからね…(三永貯水池堰堤に至っては、ほぼ同じ場所から、ほぼ同じ構図)

 先週、阿武川ダムの近くで満開の桜を撮ったときは何とも思わなかったのですが、散り始めた桜は離れて撮ると綺麗に撮れないのですよね。満開だと白から淡いピンクの花びらで埋め尽くされているのですが、散り始めると赤い花床、緑の若葉が目立って仕方がないのです(しかも、補色関係にある赤と緑という組み合わせなので、尚更に質が悪い)。

2017_04_15_003 二級ダムは、1942年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐に、クレストゲート4門の他、堤体とは別に水力発電用の取水口を備えています。2年4ヶ月ぶりの訪問です。

 堤高32m、堤頂長89mと、大きいダムではありませんが、竣工から75年という長い月を感じさせる風格のある堤体ということもあり、全国から訪れる人は意外と多いのです(何気に、Swarmのメイヤーが、県外のフォロワーさんという)。個人的にも、こういった古いダムの堤体の雰囲気は好きですね。

2017_04_15_004 前回は、クレストゲートから放流していたため、堤体下まで行くことはできませんでしたが、今回は放流していなかったため、遂に踏破することができました。むしろ、工業用水・発電用ダムなのに、水位が低いのが気になりますね。

 天候が安定しない日だったため、この写真を撮った頃から雨が降り始めて、そそくさと撤収する羽目になりました。まぁ、場所柄、雨が降っている状況で長居するのは、安全上、好ましくはありませんし。

2017年4月 7日 (金)

佐波川ダム、阿武川ダム、相原ダム

2017_04_07_001 西日本各地で桜が満開を迎える中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、佐波川水系佐波川の“佐波川ダム”、阿武川水系阿武川の“阿武川ダム”“相原ダム”です。平日のダム巡りということで、発電所カード収集のため、近くの水力発電所も併せて巡ってきました。

 佐波川ダムは、1952年着手、1955年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート2門の他、低位放流設備、発電用の選択取水設備を備えます。当初は治水専用ダムとして計画された補助多目的ダムですが、コンジットゲートはまだありません(国内初のコンジットゲートは、後5年後のお話)。

2017_04_07_002 ダム湖の周囲には2,000本もの桜が植えられているそうなのです。前日からの雨の影響で、ダム湖は濃い霧に覆われてしまっていたため、見ることができたのは道路脇の1本のみでした。ちょうど、満開だったので、この土日が見頃でしょう。

 ダムの左岸には、コンクリートを吹き付けただけの素堀りトンネルがあり、怪しげな雰囲気を醸し出していました。場所が場所だけに、トンネルを抜けたらそこは幻想郷といったところでしょうか(国土地理院の地図によると、中国自然歩道とのこと)。

2017_04_07_003 阿武川ダムは、1966年着手、1974年竣工の重力式アーチダムです。非常用洪水吐にクレストゲート4門、常用洪水吐にコンジットゲート3門、発電用の選択取水設備を備えます。堤高95mは、重力式アーチダムとしては、新成羽川ダムに次、二瀬ダムと並んで国内第2位の規模を誇ります(堤長は二瀬ダムの方が長く、堤体積は阿武川ダムの方が大きい)。

 天端には、新成羽川ダムと同じく、予備ゲートを移動させるためのガントリークレーンが設けられています。ただ、左岸川のクレストゲート手前までしか立ち入りことがでず、近くでは見られませんでした。

2017_04_07_004 ダムカードをもらった際、一緒に配布しているパンフレットは、諸元が変更された関係で作り直している最中で、もらうことはできませんでした。代わりに、たまたま出てきたという推定40年前のパンフレットを戴きました。ある意味、今となっては貴重な代物です。

 ダムの下流には、萩阿武川温泉公園キャンプ場があり、河川敷に植えられた桜が満開でした。山口国体でも使われたカヌーコースも設けられています。去年のリオ夏季オリンピックで、日本人初の銅メダルを獲得した競技ですし、競技人口も増えていそうですね。

2017_04_07_005 相原ダムは、阿武川ダムの逆調整池として機能している重力式コンクリートの堰です。余水吐にクレストゲートにローラーゲート4門を備えます。この相原ダム、再生可能エネルギー固定価格買取制度を活用した、有効落差僅か3.87m、出力82kWの小水力発電が行われています。断面図を見る限り、よくこんなところに、発電設備を詰め込んだものだと思いますよ。

 帰りに、日が落ちて誰もいなくなった山口県道242号秋吉台公園線、“秋吉台道路/カルストロード”を走ってきました。日本離れした景色の秋吉台を走るのは気持ち良いですね(これで、快晴の日中なら文句なし)。

2017年4月 2日 (日)

本庄水源地堰堤、三永貯水池堰堤

2017_04_02_001 例年よりも桜の開花が遅い中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、二河川水系二河川の“本庄水源地堰堤”と黒瀬川水系三永川の“三永貯水池堰堤”です。どちらも、水道用水源地ということもあり、桜や藤の開花時期以外は、一般に開放されることはありません。

 本庄水源地堰堤(本庄ダム)は、1912年着手、1917年竣工の重力式コンクリートダムです。元は、旧帝国海軍呉鎮守府(某ブラウザゲームのサーバー名じゃありませんよ)の軍用水道水の専用水源地として建設されたうちの1つです。その後、呉市の水道水として余水分与されるようになり、戦後は旧軍港市転換法により呉市へ移管されました。

2017_04_02_002 花崗岩の切石積処理が施された堤体をはじめとした本庄水源地堰堤水道施設は、国の重要文化財に指定されています。また、ダム湖百選にも認定されています。堤体には取水口のみが設けられており、余水吐は別の溢流堤に設けられています。こちらも、堤高こそ殆どないものの、石張りの立派な堤体です。

 当時、規模は“東洋一”と謳われ、旧帝国海軍の施設といるだけあり、立派なものでした。東洋一の軍港・日本一の工廠として知られていた呉市の往事を残しています。

2017_04_02_003 三永貯水池堰堤は、1938年着手、1943年竣工の重力式コンクリートダムです。堤高は14.2mと15mに満たないため、分類場はダムではなく堰にあたります。こちらは、国の登録有形文化財に登録されている他、近代水道百選にも認定されています。

 戦前のダム・堰らしく、花崗岩の切石積処理とまではいきませんが、コンクリート製の天端の高欄には装飾が施されています。残念ながら、堤体まで近付くことができず、正面からその姿を望むこともできません(検索しても、殆どの写真がほぼ同じアングルでした)

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