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橋梁・ダム・トンネル

2017年4月15日 (土)

本庄水源地堰堤、三永貯水池堰堤、二級ダム

2017_04_15_001 例年よりも遅咲きだった桜が舞い散る中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、二河川水系二河川の“本庄水源地堰堤”と黒瀬川水系三永川の“三永貯水池堰堤”、黒瀬川水系黒瀬川の“二級ダム”です。

 本庄水源地堰堤と三永水源地堰堤は、二週間ぶりの訪問です。前回は、桜が全く咲いていませんでしたが、今回は既に散り始めてしまっていました。桜の季節というのは、斯くも儚くて短いものなのかと思い知らされましたね。来年は、満開の時期に訪れたいものです。

2017_04_15_002 ダムに行ったものの、ダムよりも残った散る前の桜ばかりを撮っていました。つい先日、行ったばかりですし、撮れるスポットが限られていますからね…(三永貯水池堰堤に至っては、ほぼ同じ場所から、ほぼ同じ構図)

 先週、阿武川ダムの近くで満開の桜を撮ったときは何とも思わなかったのですが、散り始めた桜は離れて撮ると綺麗に撮れないのですよね。満開だと白から淡いピンクの花びらで埋め尽くされているのですが、散り始めると赤い花床、緑の若葉が目立って仕方がないのです(しかも、補色関係にある赤と緑という組み合わせなので、尚更に質が悪い)。

2017_04_15_003 二級ダムは、1942年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐に、クレストゲート4門の他、堤体とは別に水力発電用の取水口を備えています。2年4ヶ月ぶりの訪問です。

 堤高32m、堤頂長89mと、大きいダムではありませんが、竣工から75年という長い月を感じさせる風格のある堤体ということもあり、全国から訪れる人は意外と多いのです(何気に、Swarmのメイヤーが、県外のフォロワーさんという)。個人的にも、こういった古いダムの堤体の雰囲気は好きですね。

2017_04_15_004 前回は、クレストゲートから放流していたため、堤体下まで行くことはできませんでしたが、今回は放流していなかったため、遂に踏破することができました。むしろ、工業用水・発電用ダムなのに、水位が低いのが気になりますね。

 天候が安定しない日だったため、この写真を撮った頃から雨が降り始めて、そそくさと撤収する羽目になりました。まぁ、場所柄、雨が降っている状況で長居するのは、安全上、好ましくはありませんし。

2017年4月 7日 (金)

佐波川ダム、阿武川ダム、相原ダム

2017_04_07_001 西日本各地で桜が満開を迎える中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、佐波川水系佐波川の“佐波川ダム”、阿武川水系阿武川の“阿武川ダム”“相原ダム”です。平日のダム巡りということで、発電所カード収集のため、近くの水力発電所も併せて巡ってきました。

 佐波川ダムは、1952年着手、1955年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート2門の他、低位放流設備、発電用の選択取水設備を備えます。当初は治水専用ダムとして計画された補助多目的ダムですが、コンジットゲートはまだありません(国内初のコンジットゲートは、後5年後のお話)。

2017_04_07_002 ダム湖の周囲には2,000本もの桜が植えられているそうなのです。前日からの雨の影響で、ダム湖は濃い霧に覆われてしまっていたため、見ることができたのは道路脇の1本のみでした。ちょうど、満開だったので、この土日が見頃でしょう。

 ダムの左岸には、コンクリートを吹き付けただけの素堀りトンネルがあり、怪しげな雰囲気を醸し出していました。場所が場所だけに、トンネルを抜けたらそこは幻想郷といったところでしょうか(国土地理院の地図によると、中国自然歩道とのこと)。

2017_04_07_003 阿武川ダムは、1966年着手、1974年竣工の重力式アーチダムです。非常用洪水吐にクレストゲート4門、常用洪水吐にコンジットゲート3門、発電用の選択取水設備を備えます。堤高95mは、重力式アーチダムとしては、新成羽川ダムに次、二瀬ダムと並んで国内第2位の規模を誇ります(堤長は二瀬ダムの方が長く、堤体積は阿武川ダムの方が大きい)。

 天端には、新成羽川ダムと同じく、予備ゲートを移動させるためのガントリークレーンが設けられています。ただ、左岸川のクレストゲート手前までしか立ち入りことがでず、近くでは見られませんでした。

2017_04_07_004 ダムカードをもらった際、一緒に配布しているパンフレットは、諸元が変更された関係で作り直している最中で、もらうことはできませんでした。代わりに、たまたま出てきたという推定40年前のパンフレットを戴きました。ある意味、今となっては貴重な代物です。

 ダムの下流には、萩阿武川温泉公園キャンプ場があり、河川敷に植えられた桜が満開でした。山口国体でも使われたカヌーコースも設けられています。去年のリオ夏季オリンピックで、日本人初の銅メダルを獲得した競技ですし、競技人口も増えていそうですね。

2017_04_07_005 相原ダムは、阿武川ダムの逆調整池として機能している重力式コンクリートの堰です。余水吐にクレストゲートにローラーゲート4門を備えます。この相原ダム、再生可能エネルギー固定価格買取制度を活用した、有効落差僅か3.87m、出力82kWの小水力発電が行われています。断面図を見る限り、よくこんなところに、発電設備を詰め込んだものだと思いますよ。

 帰りに、日が落ちて誰もいなくなった山口県道242号秋吉台公園線、“秋吉台道路/カルストロード”を走ってきました。日本離れした景色の秋吉台を走るのは気持ち良いですね(これで、快晴の日中なら文句なし)。

2017年4月 2日 (日)

本庄水源地堰堤、三永貯水池堰堤

2017_04_02_001 例年よりも桜の開花が遅い中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、二河川水系二河川の“本庄水源地堰堤”と黒瀬川水系三永川の“三永貯水池堰堤”です。どちらも、水道用水源地ということもあり、桜や藤の開花時期以外は、一般に開放されることはありません。

 本庄水源地堰堤(本庄ダム)は、1912年着手、1917年竣工の重力式コンクリートダムです。元は、旧帝国海軍呉鎮守府(某ブラウザゲームのサーバー名じゃありませんよ)の軍用水道水の専用水源地として建設されたうちの1つです。その後、呉市の水道水として余水分与されるようになり、戦後は旧軍港市転換法により呉市へ移管されました。

2017_04_02_002 花崗岩の切石積処理が施された堤体をはじめとした本庄水源地堰堤水道施設は、国の重要文化財に指定されています。また、ダム湖百選にも認定されています。堤体には取水口のみが設けられており、余水吐は別の溢流堤に設けられています。こちらも、堤高こそ殆どないものの、石張りの立派な堤体です。

 当時、規模は“東洋一”と謳われ、旧帝国海軍の施設といるだけあり、立派なものでした。東洋一の軍港・日本一の工廠として知られていた呉市の往事を残しています。

2017_04_02_003 三永貯水池堰堤は、1938年着手、1943年竣工の重力式コンクリートダムです。堤高は14.2mと15mに満たないため、分類場はダムではなく堰にあたります。こちらは、国の登録有形文化財に登録されている他、近代水道百選にも認定されています。

 戦前のダム・堰らしく、花崗岩の切石積処理とまではいきませんが、コンクリート製の天端の高欄には装飾が施されています。残念ながら、堤体まで近付くことができず、正面からその姿を望むこともできません(検索しても、殆どの写真がほぼ同じアングルでした)

2017年2月25日 (土)

御庄川ダム、黒杭川ダム、陸奥記念館

2017_02_25_001 先日、去年より8日遅く“春一番”が中国地方を吹き抜けた中、約4ヶ月ぶりのダム巡りに行ってきました。向かった先は、錦川水系錦川の“御庄川ダム”と柳井川水系黒杭川の“黒杭川ダム”です。ダム巡りの後は、周防大島(屋代島)の先端近くの“陸奥記念館”に立ち寄りました。

 御庄川ダムは、1958年竣工の重力式コンクリートダムです。常用洪水吐に自然調流式のオリフィスゲート2門、非常用洪水吐にクレストゲート1門を備えます(正確な情報がないので、ゲートは見た目からの憶測です)。竣工時は、クレストゲートにラジアルゲートがあったはずなのですが、現在では撤去されいます。

2017_02_25_002 堤体に残された回転軸と戸当たりが、唯一の名残です(ただ、探してもゲートの写真は見つかりません)。そのため、治水専用ダムという役割は、今も昔も変わらないのですが、現在では“穴あきダム”として、その役目を果たしています。

 オリフィスの放流管には、堤体保護のために鋼板製のライナーが施工されいるのですが、既に腐食して失われてしまっているような気がします。堆砂もかなり進行しているのが気掛かりです。このまま、半ば放置気味に使われ続けるのでしょうか…。

2017_02_25_003 黒杭川ダムは、1965年着手、1969年竣工の重力式コンクリートダムです。1年半ぶり2回目の訪問ですが、前回は夏季制限水位だったのに対して、今回は常時満水位です。前回は、開放されたコンジットゲートと河川維持放流設備から放流していましたが、流石に今回は後者だけでした。

 ダムカードのバージョンが、2.0から2.1に更新されていましたが、どう見ても何も変わっていません…。1.1から1.2に更新された黒杭川上流ダムは、桜が満開になっているときの写真が削除されていました。

2017_02_25_004 陸奥記念館は、原因不明の爆発によって沈没した帝国海軍の戦艦“陸奥”から引き上げられた遺物・遺品を展示すると共に、船と運命を共にした乗組員の慰霊を目的とした施設です。同じ帝国海軍の艦艇であっても、戦艦“大和”を中心とした呉市海事歴史科学館、通称“大和ミュージアム”とは、雰囲気が大きく異なります。

 野外には、主錨、錨鎖、スクリュー、14cm副砲2門、艦首先端部が展示されています。海底に25年も眠っていたというのもありますが、引き上げてからは雨ざらしのため、痛みが進行しているようにも見受けられます。

2017_02_25_005 記念館の敷地は、水族館やキャンプ場と隣接しており、海上自衛隊の対潜哨戒飛行艇のPS-1も展示されいます。恐らく3機しか現存しない貴重な機体ですが、こちらも保存状態は、あまり良くありません。まぁ、対潜哨戒機としては、いまいちだったこともあり、生産数は23機しかないので、残っているだけ良い方かもしれませんが…。

 ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」に登場する擬人化された陸奥のフィギュアが置いてあるなんてこともありません。ケッコンカッコカリを果たした陸奥愛に溢れる提督でも、ここでは現実の艦艇と向き合って下さいませ。

2016年11月 4日 (金)

菅沢ダム、水越ダム、末武川ダム

2016_11_04_001 祝日と土日に挟まれた平日に有給をぶち込み、4連休になったので、昨日に引き続いてダム巡りに行ってきました。向かった先は、錦川水系錦川の“菅野ダム”“水越ダム”、末武川水系末武川の“末武川ダム”です。

 菅野ダムは、1959年着工、1965年竣工の重力式コンクリートダムです。4年4ヶ月ぶり2度目の訪問です。立地の関係から、撮影スポットが限られてしまうのは相変わらずです。堤体下から見上げてみたかったのですが、通行止めで辿り着くことすらできませんでした。減勢工に濁水が堪っていたのですが、低水放流管から排砂したのかもしれません。

2016_11_04_002 水越ダムは、1965年竣工の重力式コンクリートダムです。菅野ダムと同じく、4年4ヶ月ぶり2度目の訪問ですが、今年からダムカードが配布されるようになりました。そのおかげで、前回は立ち入り禁止だった天端を渡って右岸側に行くことができます。

 ダムカードと併せて、山口県独自の公共配布カードの“発電所カード”も貰うことができます。錦川水系に点在する本郷川発電所、生見川発電所、菅野発電所、水越発電所の合計4ヶ所です(発電所に行った証拠写真が必要です)。

2016_11_04_003 末武川ダムは、1972年着手、1992年竣工の中央コア型ロックフィルダムです。こちらは、4年ぶり2度目の訪問です。常用洪水吐として設けられた自然調流式オリフィスゲートの取水口は、半円形の自由越流堤付です。いわゆる“ダム穴”の見られるダムですが、前回と同じく、水位は常時満水位未満だったため、越流していませんでした…。

 去年から発電所カード(徳山発電所と末武川発電所)、今年からダムカードが新たに配布されるようになりました。どちらのカードもダムから遠く離れた別々の場所での配布ですので、要注意です。

 ダムカードのみならず、発電所カードにも手を出してしまいました。初日で12枚中7枚を確保することができましたが、コンプリートできるのは何時のことやらです(宇部丸山発電所を除いて、配布は平日のみ)。

2016年11月 3日 (木)

新成羽川ダム、田原ダム、黒鳥ダム

2016_11_03_001 日に日に、朝晩の冷え込みが厳しくなり、冬の訪れを嫌が応にも感じさせられるようになった中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、高梁川水系成羽川の“新成羽川ダム”“田原ダム”“黒鳥ダム”です。何れも“新成羽川発電所建設計画”によって建設されたダムです。

 新成羽川ダムは、1968年竣工の重力式アーチダムです。余水吐に、クレストゲート6門の他、発電用の取水設備を備えます。堤高103m、堤頂長289mは、重力式アーチダムとしては、国内最大の規模を誇ります。

2016_11_03_002 全国に12基しかなく、バットレスダムに次ぐ珍しいダムなのですが、中国電力保有の発電と工業用水確保のためのダムということもあり、見学するには不向きこの上ありません。周辺の道路も落石等のためか、通行止めになっており、堤体を正面に見られる下流川に下りることもできませんでした。

 予備ゲートには、珍しいキャタピラーゲートが2門が設けられています。その内の1門は、天端のガントリークレーンで移動させられるようになっています。使用頻度は高くなさそうなのですが、ここまでの設備が必要だったのでしょうか…。

2016_11_03_003 田原ダムは、1968年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐に、クレストゲート6門の他、発電用の取水設備を備えます。新成羽川ダムとの間で、自流混合式揚水発電を行っています。

 新成羽川ダムとは、ダムの形式こそ違えど、同じ数のラジアルゲートが並んでいます(見た目、大きさもさほど変わらないように思います)。どちらも洪水調整機能を持たないので、降ったら降った分だけそのまま下流に流すわけですから、同等以上の放流能力はあって然るべきですよね。

2016_11_03_004 黒鳥ダムは、1968年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐に、クレストゲート6門(5号ゲートはフラッシュボード付)の他、発電用の取水設備を備えます。成羽川ダム、田原ダムによる水力発電の逆調整池として機能しています(ちょうど、1号ゲートから放流していました)。

 堤高は、15.5mと辛うじて15mを超えた立派な(?)ダムです。天端と同じレベルに置かれた巻き上げ機と高く聳えたゲートピアは、中国電力保有のダムらしさがあります。

2016年9月24日 (土)

木都賀ダム、長見ダム、大長見ダム、浜田ダム、第二浜田ダム

2016_09_24_001 カレンダー通りだったシルバーウィーク後半、秋晴れの中、7月末に続く島根県西部のダム巡りに行ってきました。向かった先は、三隅川水系三隅川の“木都賀ダム”、周布川水系周布川の“長見ダム”“大長見ダム”、浜田川水系浜田川の“浜田ダム”“第二浜田ダム”です。

 木都賀ダムは、1959年着手、1961年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート3門の他、発電用の取水設備を備えます。

2016_09_24_002 ダムカードに記載の情報によると、砂防ダムを嵩上げして建設されたそうで、着手から竣工まで2年間という超短工期も頷けます。この年代のダムは、昨今に竣工したダムに比べて工期が短いのですが、2年間となるとなかなかお目にかかれないのではないでしょうか。

 管理所の方の話によると、台風襲来の煽りを受けた先日の大雨時には、クレストのラジアルゲートから放流していたそうです。長年の風雪に耐え、年季の入った堤体からの放流は、見応えがあるのでしょうね。

2016_09_24_003 長見ダムは、1961年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート4門の他、発電用の取水設備を備えます。木都賀ダムとは、堤長や堤高、事業者こそ違えど、同じ年に竣工したこともあり、雰囲気は良く似ています。

 電力会社管轄の発電専用ダムということもあり、素っ気なさは天下一品です。有刺鉄線の隙間から試行錯誤の末に、辛うじて堤体の写真を収められました。こういう状況だと、バリアングル液晶が欲しくなる…。

2016_09_24_004 大長見ダムは、1974年着手、2003年竣工の重力式コンクリートダムです。非常用洪水吐にクレストゲート14門、常用洪水吐にオリフィスゲート2門の他、選択取水設備を備えます。

 上流側と下流側に、周布川ダムと長見ダムという2基のダムがあるのですが、どちらも発電専用のダムのため、基本的に治水能力を有していません。そのため、大長見ダムは、洪水調整をはじめとした多目的ダムとして建設されました。島根県のダムの伝統なのか、堤高に対して、常時満水位は低めに設定されています。

2016_09_24_005 浜田ダムは、1959年着手、1962年竣工の重力式コンクリートダムです。非常用洪水吐にクレストゲート1門、常用洪水吐にコンジットゲート2門を備えます。

 下流に、第二浜田ダムが建設されたことで、ラジアルゲートから自由越流式と自然調節式への再開発が行われています(コンジットゲートは、オリフィスゲートに名称変更)。現状、クレストのラジアルゲートは、堤体ごと切り取られて撤去されており、再開発前の面影を残しているのは、コンジットのコースターゲート(予備ゲート)の2門のみです。

2016_09_24_006 第二浜田ダムは、1990年着手、2016年竣工の重力式コンクリートダムです。非常用洪水吐にクレストゲート2門、常用洪水吐にオリフィスゲート2門を備えます。

 益田川ダムのような穴あきダムほどではありませんが、洪水調整容量を確保するため、かなり低い位置にオリフィスゲートが設けられています。面白いことに、2門のレベルが少し違っており(右岸側が少し高い)、段違いオリフィスゲートとでも呼べばいいのでしょうか。

 途中、昼食を取るために、道の駅・ゆうひパーク三隅に立ち寄ったのですが、山陰本線の有名なお立ち台のある場所でした。次は、鉄道写真撮影のために、行ってみたいと思います。

2016年9月 3日 (土)

小阪部川ダム、河本ダム、千屋ダム、賀祥ダム、菅沢ダム

2016_09_03_001 日本列島に相次いで台風が襲来し、本格的な台風シーズンを迎え、ダムの真価が問われる中、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、高梁川水系小阪部川の“小阪部川ダム”、高梁川水系西川の“河本ダム”、高梁川水系高梁川の“千屋ダム”、日野川水系法勝寺川の“賀祥ダム”、日野川水系印賀川の“菅沢ダム”です。ダムカードのバージョンが更新されたので、去年のお盆休みに巡ったダムを逆順で走り回ってきました(大宮ダムと俣野川ダムが外れて、小阪部川ダムが加わりました)。

2016_09_03_002 小阪部川ダムは、1940年着手、1954年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート3門の他、選択取水設備を備えます。着手は戦前ですが、竣工は戦後、この年代には珍しい14年という長い工期です。恐らくは、一時中断を余儀なくされたのはないでしょうか。堤体下部に、石張り構造なのがその名残だと思われます。

 クレストのラジアルゲートのゲートピアは、近年になって改修されたようです。年季の入った歴戦の堤体に、比較的新しいコンクリートとのコントラストが映えるダムです。

2016_09_03_003 河本ダムは、1958年着手、1964年竣工の中空重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート2門を備えます。全国に13基しか現存しておらず、分布に偏りがあるので、未だに訪れたことがあるのは、この河本ダムのみです(他のは、かなり距離のある場所にしかありません)。

 今回、前回とも夏場に訪れたので、かなり木々が生い茂って、視界を遮られてしまっています。次回は、早春か晩秋あたりを狙って訪れてみましょうか。

2016_09_03_004 千屋ダムは、1971年着手、1998年竣工の重力式コンクリートダムです。コンジット、オリフィス、クレスト合わせて総計19門と、比較的新しい県営ダムとは思えない数のゲートを備えます。機械式ゲートは、クレストのローラーゲート4門とコンジットのジェットフローバルブの2門のみで、残りは自由越流式と自然調流式です。

 現行のダムカードの写真は、試験湛水時の写真が使用されているのですが、真新しい白い堤体に、クレストから越流した水が白く輝いている。現地で見られた方にとっては、圧巻の光景だったのではないかと思います。

2016_09_03_005 賀祥ダムは、1971年着手、1988年竣工の重力式コンクリートダムです。比較的新しい県営ダムらしく、クレストの非常用洪水吐は、自由越流式なのですが、それ以外に取水・放流用の穴が堤体に空けられています。どうにも、設計が年代にそぐわないような気がしてならないのですよね。

 小阪部川ダムもそうだったのですが、ダム湖に大量のもが繁殖して、湖水が緑色に染まっています。もうね、どう見てもミクさんの大好きな“ネギジュース”にしか見えないのですよね。

2016_09_03_006 菅沢ダムは、1962年着手、1967年竣工の重力式コンクリートダムです。改修工事が終わっているので、前回は立ち入ることのできなかった天端にも立ち入ることができました。

 洪水調整容量を確保するためだとは思いますが、水位が大幅に下げられており、コンジットゲートの門扉が水面上に顔を出しています(管理所の方の話によると、9月が最も水位を低く設定しているそうです)。ダムとしての運用方法は、山口県の黒杭川ダムに近いのかもしれません。

2016年8月13日 (土)

津風呂ダム、天理ダム

2016_08_13_001 お盆休み、実家に帰省しているのを利用して、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、吉野川紀の川水系津風呂川の“津風呂ダム”と大和川水系布留川の“天理ダム”です。

 津風呂ダムは、1952年着手、1962年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート4門と選択取水設備を備えます。

 洪水調整機能はなく、農水ダムということで、この時季でも豊かな水を蓄えていました。県立自然公園内に位置することもあって、家族連れは意外にも多かったです。

2016_08_13_002 天理ダムは、1970年着手、1978年竣工の重力式コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート2門と選択取水設備を備えます。津風呂ダムと似ていますが、こちらは洪水調整機能も併せ持っています。コンジットゲートやオリフィスゲートは設けられておらず、ホロージェットバルブのコンジットバルブが1門設けられているだけです。

 天端には、国道(国道25号の現道)が通る珍しいダムです。天理ICの渋滞や事故の多いΩカーブを回避して福住ICから名阪国道に出入りできるため、交通量は比較的多いです。夜間は、豆腐の配達が行われているようです。

2016年8月11日 (木)

和知ダム、大野ダム

2016_08_11_001 お盆休み、実家に帰省しているのを利用して、山の日ということもあり(?)、ダム巡りに行ってきました。向かった先は、由良川水系由良川の“和知ダム”“大野ダム”です。京都盆地から、さほど遠くはありませんが、分水嶺の向こう側、日本海は若狭湾に流れ込みます。

 和知ダムは、1961年着手、1968年竣工の重力コンクリートダムです。余水吐にクレストゲート4門の他、発電用の取水設備を備えた、関西電力が保有する発電専用ダムです。そのため、堤高はあまりなく、25.2mしかありません。

2016_08_11_002 以前から、ゲートの更新工事が行われていたようで、フラッシュボードが設けられた右岸側の1門を除き、新しいゲートになっています(新しいゲートの方が、少し大きいです)。左岸側は、資材置き場になっているようなので、残りの1門も何れは更新されるものと思われます。

 発電専用のダムであり、案内板等も設置されていません。この時季は、草木が生い茂っているため、下流側から堤体はあまり望むことができません。趣のあるダムだけに、少しばかり残念です。

2016_08_11_003 大野ダムは、1957年着手、1960年竣工の重力式コンクリートダムです。常用洪水吐に放流管ゲート3門、非常用洪水吐にクレスト3門の他、選択取水設備を備えます。放流管ゲートの高圧ラジアルゲートは、日本で初めて堤体内に備え、以後の洪水調整機能を持った多目的ダムの多くが、高圧ラジアルゲートのコンジットゲートを備えるようになります。

 ダム及びダム湖周辺は、広い範囲にわたって公園が整備されており、ダムの年代を感じさせません。一方、趣のある堤体そのものは、歴戦の風格を感じさせてくれます。

2016_08_11_004 大野ダムは、近年では2004年9月の台風23号、2013年9月の台風18号という、二度の台風襲来にその洪水調整機能を遺憾なく発揮しています。2004年は、堤防が決壊し、氾濫した由良川に水没したバスの天井に取り残された乗客救助を待つため、サーチャージ水位寸前のEL+173.54mまで湛水しています。2013年には、淀川水系桂川の日吉ダム共々、サーチャージ水位のEL+175mを超えるEL+175.37mまで湛水しています。

 公園内には、当時の水位を記載した看板が設置されています。ちなみに、公園の敷地内の一部は、立ち入り禁止になっていないにも関わらず、湛水域だったりします(さも当然の如く、網場が横たわっているのですからねぇ…)。

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